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「頭頚部外傷おける対応指針」

2025.12.19

頭頚部外傷おける対応指針

<1> 脳振盪

日本アイスホッケー連盟では脳振盪への対応は国際アイスホッケー連盟ならびに国際スポーツ脳振盪会議の勧告に準拠することを強く推奨しています。これまでもアジアリーグ、各カテゴリーの代表レベルではこの方針に則った運用を行なってきました。また、日本スポーツ協会公認スポーツ指導者養成カリキュラムでは、かねてより指導者の皆様に対して上記勧告に基づくレクチャーや情報提供を行ってきましたが、このたび、レクリエーション、クラブチーム、学校における課外活動など、コミュニティレベルで活動される皆様への周知を目的とし、上記勧告の要点をまとめたものを共有させていただきます。

1)脳振盪を理解する上で重要なポイント

①頭を打っていなくても脳振盪は起きる
頭部、顔面、頚部等、身体のどこかに加えられた衝撃波状の外力が頭部に伝達され、脳が激しく揺れるような衝撃が加わった場合に脳振盪が発生します。これは衝撃に伴う加速度が頭蓋内に伝わり、脳にひずみが起きるからです。したがって、頭を打っていなくても脳振盪は起きます。

②一瞬〜数分に及ぶ意識消失を伴うことが多いが、必ずしも必発ではない
脳振盪は意識消失を伴うこともありますが、これは必発ではありません。脳振盪は様々な症状の程度により総合的に判断されるものであり、意識消失がなかったとしても脳振盪は否定できません。

③脳振盪の症状は、通常、受傷後すぐに発症し短期間で回復するが、時間をかけて進行(悪化)する場合もある
急性神経学的機能障害(健忘、平衡感覚障害(バランス感覚の障害)、混乱、情緒不安定、認知機能障害など)が早期に生じ、通常は時間とともに自然回復します。しかし、症例によっては数分〜数時間かけて症状が進行することがあり、回復に長期間を要する場合や、症状が長期に渡り残存することがあります。

④画像検査では診断できない
急性期の症状は細胞レベルのひずみによる急性機能障害によって発生すると推測されており、一般的な画像検査(CTやMRI)でわかるような形態的な異常(出血、梗塞、骨折等)を認めません。つまり、MRIやCTを撮っても診断できるものではなく、画像検査で異常がなかったからといって、脳振盪が否定できるものではありません。

⑤若い選手(〜高校生)における脳振盪には慎重な対応が必要
以下の理由により、高校生以下の選手にはより慎重な対応が強く推奨されます。
受傷リスクが高い:首や体幹の筋力が弱く、危険回避能力が未発達なため、脳振盪を起こしやすい
回復が遅い:症状が長引きやすく、学業への影響も大きいため、学業復帰プログラム(Return-to-Learn)が重視される
再受傷や重症化の危険:完全回復前の再受傷は致命的な脳浮腫のリスクがあり、その後の競技生活も長いので繰り返し受傷は不可逆的な認知機能低下につながる可能性がある

2)現場でどうやって脳振盪を認識するか?

国際アイスホッケー連盟の勧告では以下の①②のような症状、行動が見られた場合、脳振盪の可能性があることを指摘しています。

①周囲から見てわかる症状
✔ 意識消失
✔ 手をついたり、体を支えるような動作をすることなく、無防備でドカンと氷上に倒れる
✔ 倒れた後、立ち上がろうとした時、よろめくなど、立ち上がるのに苦労する。立ち上がってもバランスを崩してまた倒れたり、フラフラしている
✔ 見当識障害の発生。自分に何が起きたのかわからない、戻るべきベンチの方向がわからなくなるなど
✔ 氷上にしばらくの間、倒れたままになり、立ち上がるまでに時間がかかる

②選手からの訴え
✔ 頭痛
✔ めまい
✔ バランス障害
✔ 健忘症状(受傷前後のことを思い出せない)
✔ 認知能力、思考力の低下
✔ 音や光に敏感になる
✔ 見当識障害
✔ ぼやける、かすんでみえるなどの視力障害
✔ 耳鳴り

上記①②をはじめ脳振盪と思われる行動、症状がみられた場合は、すぐにプレーをとめ、受傷者(選手)をプレーから外します。
脳振盪は多彩な症状を示すだけでなく、時間経過とともに比較的早い速度で状態が変化するので注意が必要です。受傷した選手が立ち上がり、症状が消失/軽減したように見えても決してプレーに戻すことを許可せず、まずは安静にさせ、医師や脳振盪に精通した医療スタッフの評価を受けてください。しかし、現場に必ずしも医療関係者(専門家)がいるとは限りません。医療関係者(専門家)不在のスポーツ現場で脳振盪を疑った時に利用するツールとしてCRT5が公表されているので医療関係者不在の場合はこれを利用します。(CRT 5©参照) また、より簡便なツールとしてポケットCRT5や、過去にはポケット SCAT2などのツールも公開されていました。コミュニティレベルでは様々な人が脳振盪の場面に遭遇すると予想されるので、CRT5を基本としつつ、これらのツールを臨機応変にうまく利用することで脳振盪を見逃さないようすることが重要です。

  • 脳振盪を疑ったときのツール(CRT 5©)

  • ポケット脳震盪認識ツール

  • スポーツ現場における脳震盪の評価

CRT5はあくまで、非医療者が脳振盪の可能性を認識するためのツールであり、脳振盪の診断ツールではありません。CRT5で疑いがある場合は、プレーを中止し、脳振盪に精通した医療者の診断を受けるようにしてください。

ちなみに医療者が脳振盪の状態を評価するためのツールとしてはSACTが公開されています。
国際スポーツ脳振盪会議から出されているSCAT6(英語版)が最新ですが、国内の専門学会レベルで監修された日本語版はまだ公開されていないので、当面はSCAT6(英語版)を基本としつつ,SCAT5(日本語版)も状況に応じて
使用するのが良いと考えます。

脳振盪を疑ったときのツール(CRT 5©)

CRT5ではまずステップ1(“Red Flag”と呼ばれています)に相当する症状がないかをチェックし、該当するものがあれば救急車を要請してください。

ステップ1に該当するものがなければ、ステップ2→4と進み、脳振盪の疑いがある場合は医療機関受診します。プレー復帰に関しては以下に述べる手順に従って、医師の指導のもとに段階的に進めることになります。

3)脳振盪を受傷した日の行動

✔ 受傷した時点でプレーを中断
✔ 脳振盪あるいはその疑いがある場合は当日のプレー復帰は禁止
✔ 受傷した選手を一人にせず、出来る限り誰かが付き添いをする(特に未成年)
✔ 24時間程度は急変時に備え、緊急連絡がとれる体制を整える
✔ 自転車や自動車などの運転は禁止する
✔ インターネットやスマホ画面の閲覧、パソコン作業なども極力避ける(精神の安静)
✔ 受傷した日に病院を受診し専門医の診察をうけることが望ましいが、難しい場合は脳振盪に精通した医療者(チームドクター、アスレチックトレーナー等)に相談し、指示を仰ぐ
なお、未成年が受傷した場合は、必ず保護者に連絡し、上記行動制限の共有が必要です。

4)競技復帰に向けて

症状が残ったまま競技復帰した場合、再度脳振盪を起こすリスクが高いこと、脳振盪を繰り返すことによりさらに回復が遅れたり、恒久的機能障害につながる可能性が指摘されているので、競技復帰に向けては慎重な対応(段階的競技復帰プロトコール(手順))が国際的にも推奨されています。
過去のプロトコールでは24―48時間の完全休息が推奨されていましたが、最新のものでは受傷後24時間以内に、症状を悪化させない範囲の日常生活行動(ウォーキングなど)を開始してよいとされました(ステップ1)。
とはいえ、明らかな症状がある場合は身体・精神の休養を優先すべきであり、日常生活活動の開始は症状が消失あるいはほとんど消失してからにすべきと考えます。
特に高校生以下は脳が発達途上にあることや前述の如く再受傷のリスクが高いことを考慮し、症状が完全に消失したことを前提に競技復帰に向けたプロトコールを開始することを強く推奨します(症状が遷延する場合は専門医相談が必要)。
なお、「症状を悪化させない」とは、症状の強さを10段階評価とした場合(1が“症状なし”,10が“最大の症状”とし、いまの症状を数値で表現するもの)、活動後1時間以内にスコアが3段階以上増加(=症状が悪化)しないことことを意味します。
3段階以上の増加がある場合は、運動中止・安静とし、翌日、また、そのステップを再開することになります。
各ステップの確認は24時間かけることとし、以降の復帰プロトコールに沿って段階的に活動度を上げ、順調に行けば約1週間のプロセスを経て競技復帰が許可されます。
なお、ステップ3からステップ4~6 に進むにあたっては、また、ステップ4→5→6(競技復帰)の各段階を進めるにあたっては、運動中および運動後も含めて、脳振盪に関する症状、認知機能の異常、その他の臨床所見が消失していることが前提なので、脳振盪に精通した医師のアドバイスを受けながらプロトコールを進めることが推奨されています。ステップ4以降で症状の再発が見られた場合はステップ3に戻った上で、医師と相談しながら(ステップ4以降の)運動再開のタイミングを検討することになります。
なお、過去12ヶ月以内に脳振盪を起こした既往がある選手に関しては、専門医による慎重な対応が必要とされるので、再受傷後の競技復帰に関しては専門医の指導を受けるようにして下さい。

5)就学復帰と競技復帰について

脳振盪を受傷した学生については、スポーツ復帰の前に就学復帰が優先されます。就学復帰に関しては国際スポーツ脳振盪会議の勧告において、以下のような手順が提唱されました。各ステップにかける時間は明記されておらず、これは脳が発達段階であることを考慮し(特に高校生以下)、より慎重に対応しながら負荷を上げることが求められていると推測します。

ポイントとしては
✔ 18歳以下ではまずは学校活動再開を優先する
✔ 受傷後の学校復帰にあたっては学校、教員、養護教諭、保護者の協力が必要(欠席した授業や体育の授業の扱いをどうするかなど)。現実的には上記手順を参考にして本人の状態、学校側の事情を鑑みた個別対応を協議することになる
✔ 学校復帰、その後にスポーツ復帰→School first、 Sports second
✔ 高校生以下ではスポーツ復帰に向けたプロトコールを開始するのは受傷後2週間程度経過してからが望ましい(まずは就学復帰のための時間を取る)
脳振盪の対応については日本スポーツ振興センターから出ている脳振盪ハンドブックも参考にしてください。

<2>頚部(首)の外傷

脳振盪と首の外傷はしばしば合併します。首の外傷によって頚髄が損傷を受け、痺れや麻痺が起きることがあり、その場合は頚髄損傷への対応を優先します。

(日本スポーツ協会公認スポーツ指導者養成講習会専門科目(アイスホッケー)資料より引用)

(日本スポーツ協会公認スポーツ指導者養成講習会専門科目(アイスホッケー)資料より引用)

首の外傷では不用意に頭や首を動かすと脊髄損傷を悪化させ、四肢麻痺や呼吸停止などの重篤な合併症を引き起こすことがあるので、体を固定するバックボードやボードに受傷者を載せる特殊な手技を習得した者が慎重に対応する必要があります。バックボードへ固定完了後、受傷者の移動が可能になりますが、このような機材や人材がいない場合は、受傷者動かさず、救急車と救急隊の到着を待つようにしてください。

頭頚部外傷時の対応については以下の資料も是非確認ください。